「人間の野心をも打ち砕く主」   列王記第1 1章

1〜8節

ダビデは年をとり、衰弱していきました。
古代中東世界では、老人を精神的・肉体的に元気づける医療方法として、若い女性をそばにおいて身の回りの世話などもさせたようです。
ダビデがこのような状態になり、当時ダビデの子供としては最年長のアドニヤが、「私が王になろう」と野心を抱きました(5節)。
もともとアドニヤは、長男アムノン(アブシャロムの命令で殺された)、キルアブ(恐らく早くに死んだ)、アブシャロム(謀反を起こしヨアブの家来に殺された)に次ぐ四男でした。
アドニヤは、ダビデ王から次期王として任命されたわけではなく、自ら王になろうとして味方をつけていきました。
ダビデは、これまでアドニヤのことで心を痛めたり深く関わることはなかったようです(6節)。
他の子供たちに対しても同じで、その影響もあってかダビデの子供たち同士の確執は大きかったようです。
このアドニヤの謀反計画を支持したのは、ダビデの軍団長として長年活躍してきたヨアブと祭司エブヤタルでした(7節)。
ヨアブは、ダビデの晩年にはその行動に問題があり、ダビデからも批判を受けていたので、新しい出世の道を探していたのかもしれません。
祭司エブヤタルは、ツアドクと共に宗教的指導者の立場にありました。
しかし聖書の表記も「ツアドクとエブヤタル」と常に先にツアドクの名があり、ツアドクが用いられることへの嫉妬心があったかもしれません。
自分の地位に不満を抱いたり、嫉妬心にかられた者たちが、アドニヤの謀反を支持していきました。
一方ツアドク、ベナヤ、預言者ナタン、シムイとレイ、ダビデの勇士たちは、アドニヤにはくみしなかったのです(8節)。
それはダビデへの忠誠心と同時に、ダビデを立てておられる神を裏切ることはできなかったからでしょう。


9〜27節

アドニヤは、ソロモンが次の王としてダビデに選ばれていることを薄々感じていたか、聞いていたのかもしれません。
あえて兄弟の中でソロモンだけを祝宴の席に呼ばず、またアドニヤに与しなかった者たちも招きませんでした。
預言者ナタンはアドニヤの反逆を知り、ソロモンの母バテシェバと共に、ダビデ王にそのことを知らせます。


28〜40節

ダビデは、ソロモンをに自分の雌騾馬に乗せ、預言者ナタンに油を注がせ、角笛を吹き鳴らして民に「ソロモン王。
ばんざい」と叫ばせて、ソロモンが次期王になることを公に宣言します。


41〜49節

アドニヤを支持した祭司エブヤタルの子ヨナタンが、アドニヤと食事に招待された者たちに、ソロモンが正式に王と公表され人々が歓声を上げていることを伝えます。
これを聞いた招待客たちは、アドニヤの謀反に自分たちも関わっていると思われたら困ると思い、身震いして帰っていきました。
ダビデの家来たちや、ベナヤは、「主がソロモンの王座をダビデのよりもすぐれたものとされますように」と祝福のことばをのべます(47節、37節)。
ダビデの前の王であったサウルは、人々が自分よりダビデをすぐれたものと賞賛する声を聞いて、ダビデをねたんで命を狙うようになりました(Tサムエル18:6〜10)。
ダビデは、サウルの嫉妬心に苦しめられた経験があるので、自分の後に王となる者が自分よりも偉大になることを積極的に喜んでいこうと思っていたのかもしれません。


50〜53節

ソロモンが正式に王となったことを聞いたアドニヤ自身も、恐れを抱きました。反逆した自分は殺されるかもしれないと思ったのです。
そこで、赦しのためのいけにえの血が塗られていた祭壇の角(レビ4:7、18)にしがみつきました(「角」が救いや贖いを示すものとして度々聖書に出てきます。Uサムエル22:3、詩篇18:2、ルカ1:69など)。
ソロモンは、この件ではアドニヤを処罰しませんでした。

ダビデが衰弱するに伴い様々な不穏な動きが起きてきましたが、神様のご計画は、人間の思惑や悪知恵によって変更されるようなことはありません。
アドニヤの反逆も、周囲の情報伝達や素早い行動で事なきを得ました。
むしろアドニヤの謀反により、ソロモンの即位が早められたと言えるかもしれません。
「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださった主は生きておられる」(29節)とダビデは言っていますが、その生ける主がダビデだけではなく、ダビデの後の王国までも守ってくださると確信していたことでしょう。
私たちは、主に従う道を妨げる者がいると気落ちしたり、先のことをあれこれ心配したりする者ですが、何が起ころうとも主のみこころはなるのです。
主がソロモンを王として立てておられるなら、アドニヤとその支持者たちの野望も打ち砕かれるのです。
「主のみこころは必ずなる」、だからどんな妨げや攻撃があっても、主を待ち望んでいきましょう。



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