「神の人」 列王記第2 1章1〜18
<1〜4節>
北イスラエルでは、神に背き続けたアハブ王が死に、その子アハズヤが王となりました。アハズヤもアハブ同様バアル神に仕え、主の目の前に悪を行いました(T列王記22:51〜53)。
王となったアハズヤはある日、王宮屋上の欄干から落ちて病気になります。アハズヤは、当時癒しの神とも言われていたエクロンの町の神バアル・ゼブブに自分の病気のことで伺いを立てるため、使者を遣わします。
本来、生ける真の神に聞き従うべきイスラエルの王でありながら、バアル神を拝み、今度はエクロンの神にまで伺いを立てるアハズヤ王は、どこまでも神をないがしろにしていきました。このことが、神より預言者エリヤに告げられて、エリヤはアハズヤの使者たちにアハズヤの死を宣告します。
<5〜12節>
使者たちはエクロンには行かずに、アハズヤ王の元に戻ってきました。そして、預言者エリヤから聞いた神のことばをアハズヤ王に伝えます。神のことばを伝えたのがエリヤであるとわかった王は、50人隊の長と部下50人をエリヤの元に派遣します。
50人隊の長は、エリヤに「神の人よ」と呼びかけます。それに対してエリヤは「もし、私が神の人であるなら、天から火が下って来て、あなたと、あなたの部下50人を焼き尽くすであろう」と言い、その通りになりました。
王は再び同じように、50人隊の長と部下50人を遣わしますが、やはり同じようになりました。いかに強い武力で臨んでも、神の宣告には太刀打ちできないのです。
50人隊の長は「神の人よ」と、敬称のようにエリヤに呼びかけました。エリヤを、神が選ばれた「神の人」として真に信じていたわけではなく預言者の働きをしている人なので、一応そのように呼んだだけです。
しかし真の「神の人」は、その人を通して、神が恐れられ神ご自身が求められていくような存在であるはずなのです。「神の人よ」と呼びかけながら、真の神を求め恐れることのない彼らに、「私が本当に神の人であるなら、今私をとらえて力づくで王のところに連行しようとしているあなたたち兵士をさえも、神ご自身が天からの火を下して焼き尽くすことができるのです」という神からの宣告でもあります。
<13〜18節>
2人の隊長と、100人の兵士が天からの火で焼き尽くされたため、3人目の隊長は恐れをもってエリヤに懇願します。そして、神からの促しもあり、エリヤは王のところに下って行きます。生ける神を侮り続けエクロンの神を求めたアハズヤ王に、神からの宣告を伝えます。
王はその通り在位2年で死に、アハズヤの兄弟ヨラムが代わって北イスラエルの王になります。
まとめ ? 私たちが伺いを立てる方を間違わないように気をつけましょう。
アハズヤ王は、バアルという偶像に求めたりエクロンの神に助けを求めて、生ける神に尋ね求めようとはしませんでした。人間が造り出した偶像にばかり頼ったのです。
私たちも気づかないうちに、同じような間違いをするものです。礼拝に来て聖書を読み祈っていても、肝心なことになると確信をもって答えてくれる人や占い的なものに答えを求めていないでしょうか?
神は日本にもおられます。呼べばどこにいても応えてくださる方です。どこかまではるばる行かないとお会いできないような遠い神ではありません。
難問にぶつかっても、神に聞いていきましょう。神はあらゆる人や出来事をも用いて、そして何よりもみことばを通して、答えてくださいます。
迷った時、不安な時、まず神に伺いを立てましょう。
? クリスチャンは皆「神の人」です。
50人隊の長は、エリヤのことを単なる敬称として、「神の人」と呼びました。しかし「神の人」とは、神の栄光を求め神ご自身が人々に崇められるのを願って生きている人のことです。そしてその人を通して、神が恐れられ、神を求めていこうと人々が願うようになるのです。
ですから、キリストを信じる者は皆「神の人」なのです。キリストの光を反映し、父なる神が自分を通して求められるのを願っている人が、神の人です(マタイ5:13〜16)。
そう願っていても「あなたを見ても神が素晴らしいとは全く思えない」と言われたり、故意にではなくても結果的に人々につまずきを与えてしまうこともあるかもしれません。その時に神の人は痛みを感じます。
それでも神は、「神の人」を通して、ご自身の光を放ってくださるのです(イザヤ60:1〜2)。私が光を生み出すのではなく、光であられるキリストが私たちを照らし、闇で覆われた地に光を放つのです。
キリストに贖われた者たちはどこにいるときもキリストの光を反映する「世界の光」であり、「神の人」なのです。自分ではそのように思えなくても、神は私たち一人ひとりを「神の人」としてこの地に生かしてくださっているのです。
起きよ。光を放て。 あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。
しかし、あなたの上には主が輝き、 その栄光があなたの上に現れる。
イザヤ書 60章1、2節